梅雨の一葉

 一枚の写真を一葉(いちよう)というらしい。
歴史に残したいような貴重な一枚の写真をそう呼ぶみたいなのだ。
なんかいいな。

桔梗の紫が好きだ。
実にはっきりした古代紫のような色合いがはっきりしない梅雨の時期にこそ実に映える。

若いころだったか家の狭い庭にポツンと紫色に咲く花を見てそこにいた母親に尋ねたことがある。
「この花なんちゅうの?」
「これは桔梗やがな」
たったそれだけのやりとりだった。

もう随分前に亡くなった母親の一言が今も耳に残っている。

桔梗を愛でに廬山寺と、東福寺の塔頭天得院へ行って来た。
杉苔から唐突に、にょっきり生える桔梗はその唐突さがかえって不可解さを呼び、丁寧に掃除が行き届いた庭にどうやってここに生えたのかの不可解さがあいまって、古寺の桔梗はますます魅力と底の知れない不可解さが梅雨の境内に魅力としっとり感を呼ぶのだった。
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[ 2012/07/01 16:34 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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