瀬戸内の旅

 梅雨の走り、瀬戸内の旅に行ってきた
目的は若いころから行って見たかった江田島の旧海軍兵学校である、現在海上自衛隊幹部候補生の第一術科学校だった。

始めに寄ったのは鞆の浦だ。
江戸時代に作られた常夜燈が何とも瀬戸内の風情を醸し出し、古民家の残る町並みもなかなか瀬戸内風情であった。

その夜、広島は浴衣祭が行われていて、年配のご婦人や若者が民謡の踊りに何重にもなって夜が更けるのも忘れて踊っていた。

二日目に行った江田島。
4年制の大学を出て一から海上自衛隊の将来を担うために国立大学出身者が多く学ぶ第一術科学校。
学内は塵一つ落ちてない掃除ぶりで、狭い限られた戦艦の中で規律ある生活をするための修練を積んでいるのが解る。
案内していただいた方はなんでも昭和31年のこの学校を出られて潜水艦の任務にあたっておられた海上自衛隊出身者で、丁寧なな日本語とこの国に対する思いが感じられる真っ直ぐな人だった。

瀬戸内の旅は波ゆるやかで、海上自衛隊第一術科学校と民謡の踊りが相まってなんとも不思議な調和を醸し出していたのだ。
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[ 2014/06/09 22:22 ] 未分類 | TB(0) | CM(2)

もう6年

りょうさん
確か昨年も尾道から呉の方へ行かれましたね。
どうも西の方がお好きらしい。(笑)

私は1度だけ広島に行ったことがありますが、いったいいつだったか思い出せず、調べてみたらもう6年も時が経っていました。
原爆ドームから大久野島へ、そこから竹原へ回りました。
また行ってみたいと思いながら、なかなか機会がありません。(涙)
そのときの記録です。
時間のあるときにでも見ていただければありがたいです。
http://shikisaika.web.fc2.com/album/080925-26/00.htm
[ 2014/06/11 08:42 ] [ 編集 ]

大久野島の由来読ませていただきました。

なるほど、しまぴょんさんが興味を持たれた理由が解ります。
さすが好奇心の強いしまぴょんさんです^^。
さぞかし被写体が多い島っちゅうのは容易に想像できます。
ドキドキしながらの撮影だったことでしょうね。

私は若いころ江田島が明治のころから海軍兵学校であって、今は海上自衛隊の幹部候補生を養成する学校があるっちゅうところに興味を持ったのです。
戦闘状態になった時、人はその人そのものが表れるのだと思います。
そういう時人はどういう態度や行動言動をとるのか、そういうところで兵学校や幹部候補生が何を思ったのか、考えたのか、そういうことに興味があって今回江田島に行って見たかったのです。

しまぴょんさん、いい情報をありがとうございました^^v
[ 2014/06/11 22:02 ] [ 編集 ]

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